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【成城学園の民家園へ】 次大夫公園民家園 & 岡本公園民家園を訪ねて

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2016.6.3

世田谷の古(いにしえ)の民のインフラ整備にかける情熱と栄光

世田谷区は生上位学園駅前からバスですぐの場所に次大夫公園民家園と岡本民家園はある(※二子玉川駅からバスでもすぐ)。両施設の場所は近いので一度で二つの施設を訪問することをおススメしたい。

 

バス亭

 

岡本公園民家園では、江戸時代後期の典型低な農家の家屋敷が再現されている。次大夫公園民家園では、江戸時代後期から明治時代初期にかけての農村風景が再現されている。

 

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僕は家からこんな近くに情緒ある古民家があることを知らなかった。そしてその古民家は単に建物として素晴らしいだけではない。江戸時代の僕たちのルーツといえる世田谷の人々のインフラ整備にかける情熱の歴史に触れることができる。

 

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それは徳川家康時代から始まる果てしない物語

次大夫堀は代官であった小泉次大夫の指揮によって開拓された用水だ。1597年から1611年の15年間もの長い年月をかけて完成した用水は多摩川の沿岸に生活する人々の生活向上に多大な貢献をしたことだろう。

 

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なぜ小泉次大夫はそれほどの長い歳月をかけてこの用水を完成させたのだろうか。それは徳川家康の執念と思想と哲学によるものだ。1590年、徳川家康は豊臣秀吉の指示により、関東に移封された。当時は京都が日本の中心。関東に地は野蛮人の住む辺境の地だと考えられてきた。

 

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徳川家康は屈辱的な心境だったろう。こんな地方に左遷されるなんて。だが家康はあきらめなかった。関東および東京の地にこの世の王国を再現しようとしたのだ。徳川家康のロマンと執念。

 

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家康は関東に入国すると、ただちに未開発地の多い関東の開発を進めていった。農業生産の拡大は徳川家康にとって大きな課題であった。戦乱の時代を終わらせ、太平の時代を永続させるためには、豊かな経済基盤と安定的な食糧供給体制が必須だ。関東開発の一つに多摩川の治水工事があり、用水開拓などの土木技術に明るい小泉次大夫が代官に任命されたのだった。

 

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世田谷領を流れる用水は、江戸時代は沿岸の14の村の水田で利用され、以後も昭和に至るまで350年余りの間、周辺住民の農業&生活用水として欠かせない存在だった。徳川家康の指示により小泉次大夫が偉大な仕事をしたおかげで、辺境の地であった江戸は日本の中心となった。その生活水準は飛躍的に向上した。僕たちは世田谷区民として小泉次大夫の恩恵を受けているといったら言い過ぎだろうか。

 

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家族でも一人でも楽しめるイベントやワークショップ

世田谷区の有形文化財にも指定されている施設だが、お堅いだけの施設じゃない。両施設ともに「生きている古民家」をテーマに、様々な年間行事、イベントやワークショップが開催されており、多様な体験と学習ができるのがウリだ。

 

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また水が豊かな施設なだけあって、自然の生き物がたくさんいる。成城学園の駅からすぐの場所は豊かな自然の宝庫でもある。ザリガニや小魚が多く生息している。親子でザリガニ釣りに興じる人々が多くいる。

 

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子供には最高の環境だろう。小学生の男の子にとってはパラダイスのような空間だ。

 

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この日も様々なワークショップが開催されていた。開園以来、来園者の数も年々増加し、現在は8万人を超える来園者を誇る理由の一つは人を飽きさせない多様なイベントの存在もその理由の一つだろう。

 

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この日は「木挽き(こびき)体験」のワークショップが開催されていた。

 

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特徴的な門扉(もんぴ)

次大夫堀の入口の門扉。これを長屋門という。長屋門とは、門扉の両脇に部屋が付く形の門をいう。これは、近世の武家屋敷に由来するもので、近世中期以降になり簡略化された形で農村にも普及した。

 

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岡本は世田谷の浄水場

岡本民家園の奥深く、鬱蒼と緑が茂る山の斜面にある石積み。これは上水道が通る隧道(ずいどう)の入口。そこから南へ伸びた緑道の先には、浄水場がある。世田谷区、目黒区両区の一部に水を供給していた。

 

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成城エリアの水道インフラ整備は近年まで続いた

そして成城エリアのインフラ整備の歴史は近年まで続いていたんだ。1921年、渋谷エリアでは多摩川の水を街に引き込もうと、大規模な水道工事が始まった。かつての渋谷は低地で、井戸水の水質が悪く、枯れやすかったのだ。その中心的な役割を担ったのもこの岡本の給水塔だった。きわめて珍しい送水管トンネルも非常に貴重な歴史遺産とえいる。

 

■施設名:次大夫掘公園民家園
■住所:東京都世田谷喜多見5-27-14
■開館時間:9時30分~16時30分
■定休日:

 

■施設名:岡本公園民家園
■住所:東京都世田谷岡本2-19-1
■開館時間:9時30分~16時30分
■定休日:

 

Edited byかえるくん地球を救う

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